第2章
先月、私がクリスタル湖の離宮で倒れて以来、父である国王アーセーと、私や母上との関係は目に見えて改善されていた。
国王は三日に一度は使者を遣わし、贈り物を届けてくださるようになった。精巧な水晶の髪飾り、希少な鳥の鳴き声を模したオルゴール、それにフロスト王国製の滑らかなベルベットで仕立てられたドレスなど、その品々は心のこもったものばかりだった。
王宮に滞在される時間も以前より長くなり、時にはわざわざ私の住まう薔薇の城まで足を運んでくださることさえあった。
銀月市に本格的な夏が訪れ、日差しがじりじりと肌を焼く季節になっていた。私は感謝の気持ちを示すと同時に、この得難い父娘の絆を確かなものにするため、頻繁に様々な冷たい飲み物を作り、父の元へ届けるようになっていた。
その日の午後も、私は自家製のミントドリンクを手に国王の書斎へと向かった。
重厚な扉の前まで来ると、ちょうど、義姉のルル・サンダースが氷を浮かべた飲み物を盆に載せ、扉の前に立っているのが見えた。
淡い緑の薄絹のドレスをふわりと着こなし、丁寧に巻かれた栗色の髪が肩で弾んでいる。その姿は、いかにも可憐で儚げな印象を与えた。
「お父様、冷たいお飲み物ですわ」
ルルは甘い微笑みを浮かべ、鈴を転がすような声で言った。
私の心臓は、きゅっと冷たい手で掴まれたように縮こまった。
この光景には、嫌というほど見覚えがあった。原作では、ルルはいつもこうした小賢しい手管で父上の歓心を買っていたのだ。
「おお、アリスも来たか」
父上は私に気づくと、さらに笑みを深くした。
私は気を取り直して前に進み出て、自分が作った飲み物を父上に差し出した。
「お父様、こちらはわたくし特製のミントドリンクですの。ブルーベリーと蜂蜜を加えてみました」
しかし、自らが差し出したグラスの中身を改めて見た瞬間、私は穴があったら入りたいほどの羞恥に襲われた。ブルーベリーを欲張って入れすぎたせいで、飲み物はどす黒い紫色に変色し、まるで怪しげな魔法薬のようだったからだ。
ルルは傍らでそっと扇で口元を覆い、その瞳の奥に嘲りの色がかすかにきらめくのが見えた。
意外にも、父上はためらうことなくグラスを受け取ると、こくりと一口飲んだ。そしてグラスを置き、ふむ、と一つ頷く。
「うむ……実に、独創的な味だな」
私は気まずく笑みを浮かべ、慌てて話題を逸らした。
「お父様、来週はわたくしの誕生日ですの。舞踏会にお越しいただけますか?」
父上の目に一瞬、申し訳なさそうな色がよぎったが、すぐに快く頷いた。
「もちろんだ。必ず時間通りに顔を出すと約束しよう」
◇
一週間後、誕生日の舞踏会当日。私と母上であるヴィクトリア妃は、皇后宮の大広間で父上の到着を待っていた。
招待客はすでに続々と到着しているというのに、主役の一人である国王はなかなか姿を現さない。
時間だけが刻一刻と過ぎていき、母上の表情はみるみるうちに険しくなっていく。
「少し、様子を見てまいります」
母上は低い声でそう言った。
「いいえ、母上」
私はそっとその手を取り、引き留めた。
「もう少し待ちましょう。お父様は、来てくださると約束してくださいましたもの」
さらに一時間近くが経ち、広間の空気が気まずいものになり始めた、その時だった。父上は、ようやく姿を現した。
「すまない、誕生日の贈り物を選ぶのに少し手間取ってしまってな」
父上は私の前まで来ると、悪戯っぽく口の端を上げた。
「アリス、ついて来なさい」
父上に促されるまま、私は王宮の中央ホールへと向かった。そこには誰もおらず、やがて広間の隅から二つの人影が静かに歩み出てきた。一人は銀の鎧をまとった女騎士、もう一人は長身の男性騎士だ。
「エイプリル・クロスと、トーマス・ブルック。聖盾騎士団の者たちだ」
父上が紹介する。
「今日から、彼らがお前の専属の守護者となる」
私は二人の騎士を見つめながら、内心、少しがっかりしていた。
他の姫君たちが贈られるような、きらびやかな宝石や華やかなドレスを期待していたのに、まさか護衛が二人だけだなんて。
父上は私の心中を見抜いたように、ふっと笑みをこぼした。
「もちろん、それだけではない。フロスト王国から取り寄せた極上のブルーサファイアと、クリスタル湖のほとりにある温泉荘園も用意してある。絵のように美しい場所でな、私が若い頃、一番気に入っていた場所の一つだ」
それを聞いた途端、私の表情はぱっと輝いた。温泉荘園ですって! あれはローゼンタール王国でも有数の価値を持つ資産のはずだ。
「ありがとうございます、お父様!」
私は喜びのあまり、飛び上がらんばかりにしてお礼を言った。
「今までいただいた中で、最高の誕生日プレゼントですわ」
父上は慈愛に満ちた手つきで、私の髪を優しく撫でた。
「お前は私の娘なのだから、常に最高のものを受け取るにふさわしい」
父の真摯な眼差しに見つめられ、私ははっと気づいた。これは単なる贈り物ではない。この王女としての私の地位に対する、父からの明確な承認の証なのだ。王権がすべてを支配するこの世界において、国王からの恩賞を賜ることは、何よりも強力な庇護を得ることに等しいのである。














